2022年度
収容所が産んだ年輪
バウムクーヘンといえば誰もが思い浮かべる年輪型のお菓子。ドイツ発祥で、「木のケーキ」という意味だ。
ところがドイツでバウムクーヘンは意外に一般的ではないという。製法が厳格に規定される伝統菓子のような位置づけで作る工房がそう多くなく、ドイツ大使館職員ですら日本で初めて食す人がいるそうだ。ただし日本のバウムクーヘンは本場物よりしっとり系で、これは日本人の好みに合わせたためらしい。
日本最初のバウムクーヘンを作ったのは、ドイツ領中国・青島の喫茶店で働いていたカール・ユーハイム。不幸にも第一次大戦で日独が敵対し彼は捕虜として日本本土の収容所に移送されることになる。しかしドイツ人から様々な分野の知識と技術を吸収したかった日本政府は収容者による工芸品展示会などをわざわざ企画。ユーハイムも広島の展示会で焼き上げたバウムクーヘンが評判を呼んで、後に神戸市で菓子店を開く自信を付けた。
日本でこれほどまでにバウムクーヘンが好まれているのはやはりその年輪を思わせる形ゆえだろうか。年を重ねていくイメージから結婚式などの慶事の引出物となることが多い。ユーハイムもまさか本国よりポピュラーな菓子になるとは思ってもみなかったろう。
ジョークを嗅ぎ分けろ
2022年11月、ヨーロッパに「リスンブール」という名の新国家が爆誕した。アメリカ人が自国外の地理にほとんど興味がないことをからかうためにあるフランス人が架空の国を地図に加筆し「ここが何て国かも知らないだろ?」とツイッターに投稿したことがその発端。これが話題を呼び、瞬く間に本当の国であるかのように地理や歴史、政治体制が煮詰められた。発端となった地図を含め、わかる人が見ればジョークと気付くポイントがあるが、航空会社が拠点開設を表明するなど季節外れのエイプリルフールの様相を呈している。
一方日本では、国際信州学院大学という学校が数年前から開設されている。これも受験生相手のジョークとして作られた架空校だが、ツイッターのフォロワー数が3万人以上とトップランク大学に匹敵する人気度に驚く。
こちらのサイトもカッチリ作られた見た目と裏腹に随所に間抜けな言葉や名称が散りばめられていたりするが、大学運営陣はネット上の質問サイトに同大関連の質疑を書き込むなどリアリティの演出に余念がないためか、実在を疑わず出願に及ぶ学生もいるようだ(実際にネット出願しようとすると、冗談ページだとの表示が返されるという)。
これらは良心的な嘘だが、ネットは常に嘘を嘘と察知する力が必要なようだ。
江戸の創作劇ゆかりの地
「銭形平次」 千代田区外神田
神田明神のふもとに住む岡っ引き。神田明神の境内にはなんと平次の記念碑もある。一文銭を犯人に投げる攻撃が得意技というが、そば一杯が16文する時代なので乱発は避けたい出費だ。
「番町皿屋敷」 千代田区五番町
「いちま~い」「にま~い」と皿を数えるお菊の幽霊で有名な怪談だが、番町は今も名が残るかつての旗本屋敷街で、大きな道路区画と閑静な雰囲気が江戸の名残りを感じさせる。同じ話で姫路が舞台の場合は「播州皿屋敷」と呼ばれる。
「八百屋お七」 文京区本駒込
火事で焼け出された時に出会った男性にもう一度会いたくて町に放火するという身勝手ぶりで逮捕され、罪状そのまま火あぶり刑に処された少女…というのは歌舞伎の作り話だが、お七という女性が放火で処刑されたのは史実らしい。
「必殺仕事人」 中央区八丁堀
「必殺シリーズ」主人公・中村主水は「八丁堀の旦那」と呼ばれていた。八丁堀には江戸の同心(警備役)が住む一角があり、彼もここに居を構えていたと思われる。勤務先の南町奉行所(現在の有楽町駅前)までは1.3kmほど歩く。
値段の変遷
今年は様々なものが値上がりした。ものの値段は時代を経てどんどん変わるものだが、改めて平成元年頃が現在と比べてどんな物価だったかを調べてみた。意外と下がっているものも?
|
平成元年 |
令和4年 |
米5kg |
4,898円 |
2,061円 |
さんま1尾 |
150円 |
207円 |
キャベツ1玉 |
200円 |
192円 |
大根1本 |
163円 |
221円 |
豆腐1丁 |
98円 |
84円 |
国産牛ロース100g |
662円 |
893円 |
配達瓶牛乳 |
63円 |
132円 |
卵パック |
277円 |
234円 |
喫茶店コーヒー |
327円 |
516円 |
缶ビール6本 |
303円 |
1,118円 |
茶碗 |
419円 |
538円 |
タクシー初乗り |
480円 |
410円 |
JR初乗り |
140円 |
140円 |
映画館 |
1,585円 |
1,410円 |
はがき一枚 |
41円 |
63円 |
歯ブラシ |
136円 |
112円 |
ボールペン |
69円 |
219円 |
ノート |
110円 |
163円 |
浴場入浴料 |
295円 |
500円 |
ワイシャツ |
3,962円 |
3,002円 |
背広(夏物) |
50,570円 |
32,181円 |
ワイシャツクリーニング |
203円 |
246円 |
国立大授業料(月) |
28,150円 |
46,615円 |
家賃1坪 |
7,169円 |
8,802円 |
自転車 |
32,450円 |
38,110円 |
洗濯機(2層式) |
50,730円 |
94,006円 |
世界中にLOVE
東京の副都心・西新宿のビル街に「LOVE」と書かれた巨大な文字のモニュメントがある。しかしこの作品にそっくりなものがニューヨークにあるのを写真や映像で見たような気がする。もしかして盗作じゃないか?と思って調べてみたら、同一作家のものだった。
作ったのはアメリカのロバート・インディアナという芸術家で、LOVEやHOPE、EATなどの根源的な言葉をよく作品に用いる。代表作「LOVE」はアメリカ国内に36、全世界で60以上もある同一デザインの連作なのだそうだ(色やサイズ違い、スペイン語「AMOR」版などもあり)。
全部同じとは芸術家として手抜きだ、と思うなかれ。愛は人類誰にとっても同じ価値があり、同じものが世界にまんべんなく置かれていく、という事象自体に意味がある。ただ、台湾にも中国にも東欧にもあるが、残念ながらロシアには設置されていないらしい。
ちなみに日本にはもう1個「LOVE」がある。千葉県千葉市の、ごく普通の住宅街のラウンドアバウト(ロータリー)の中心に小ぶりなものがぽんと置かれている。ファッション通販ZOZOの創業者・前澤友作氏が、個人のコレクションから「世界的芸術を身近に感じて欲しい」と市に寄贈したものなのだそうだ。
ARで拡がる地図
ゲームアプリというジャンルながら外に積極的に出歩く理由を作った画期的なタイトル「ポケモンGO」。もともとはグーグル社内においてグーグルマップを核としたアクティビティを模索する研究にその端を発している。
グーグル本体からその研究グループが独立してできた会社「ナイアンティック」は今からちょうど10年前の秋に「イングレス」という地図連動ゲームをリリースした。実際のロケーションを巡り歩きながら自分が属するチームの陣地争奪戦にリアルタイムで参加するというものだ。
このサービスで地図とゲームを繋げるノウハウを掴んだ同社がその次にリリースしたのがポケモンGOで、2本のゲームは表面的には全く別物だが、地図上のスポット情報を共有するなど巧みに共通化が図られている。現在同社はさらに任天堂のゲーム「ピクミン」をフィーチャーした万歩計ゲームなども提供し人気はとどまるところを知らない。
地図データというただの実用的な資産だったものをそのままゲームのフィールドマップに転用し、いくつもの拡張現実世界を同時進行させるという芸当に結びつけたのが流石グーグルと感心するばかり。ちなみに不肖編集Tもイングレスを介して8年・24,000kmは歩いている。
おもちゃのガンダム
初放映から40年以上を数えるアニメ「機動戦士ガンダム」。今も新作が作り続けられる息の長さで、そのシリーズ展開には玩具メーカー「バンダイ」が大きく関わっている。しかし放映当時、ガンダムの玩具を作っていたのは「クローバー」という別の会社だった。
そもそもクローバーはダイキャスト製合体ロボット玩具を売る企画としてガンダムにゴーサインを出したが、ストーリーが単純な勧善懲悪ではない国家間戦争を描いたことや、作品内であまり合体などの演出がなかったためか小さい子の食いつきが悪く玩具の売れ行きもいまひとつで、また当時のアニメファンにしてもその重厚なストーリーに沸く一方で子供騙しな玩具には見向きもしなかった。そのためクローバーはガンダムを見限り本来1年52話の予定だった放映の前倒し終了をアニメ制作会社に通告。43話までで打ち切りとなった。
この放映終了後にクローバーから商品化権を得たのがバンダイだった。同社は遊ぶためでなくカッコよく飾るプラモデルとしてガンダムを売って「ガンプラ」ブームを起こすことに成功し、これが現在まで続いている。
不遇だったクローバーのガンダム玩具だが、当時の評価が低い分、現在ではこうした逸話を伴うアイテムとしてプレミアつきで取引されているようだ。
沖縄の730
沖縄本島には「730バス」と呼ばれる古い型のバスが2台ほど走っている。また石垣島には730の記念碑があり交差点の名前にもなっている。730とは沖縄県の一大イベントが実行された1978年7月30日を指す。
沖縄が日本に復帰してまだ数年のこの日、道路交通がアメリカ式の右側通行から日本式の左側通行に替わった。全ての信号や標識が事前に逆向きに準備され、必要な箇所では交差点の構造を変更し、夜の間に一斉に切り替えられた。また、ガードレールの板を従来と逆向きに重ね直すような工事も前後して行われた。
自家用車の多くは左ハンドルのままだったが、バスは乗降口が左側にないといけないので国の補助金も活用して右ハンドル車が大量導入された。730バスはその時からの生き残りという訳だ。
切り替えてしばらくは、渋滞や接触事故が多発した。特に事故が多かったのがやはり交差点。左折や右折の際についつい道路右側に入ってしまい他車両と正面衝突してしまうパターンだ。またバスは路上訓練が実質不可能な状態で当日を迎えたため、左ハンドル車の車両感覚が抜けない運転手が路肩の電柱や駐車車両にぶつける事故が度々発生した。
ただ、皆が注意深く運転していたためか、切り替えからの一か月での死亡事故は幸いにも皆無であったらしい。
本当のアメリカ西部
西部劇といえば、カウボーイや保安官、強盗団、そしてゴールドラッシュの街の酒場が付き物だ。果たして実際のアメリカ西部とはどんな所だったのか、キーワードから紐解いてみよう。
「カウボーイ」=治安が悪いため銃を携帯しているだけの牛追いの人々。広大な西部の平原はもともと野生のバッファローの生息地で、その環境を活かして牛の放牧を営んでいた。ゴールドラッシュは街の人口増、ひいては飛躍的な食用牛の需要を呼んでおり、消費地の近くで牧場を営めれば安定的な収入に繋がった。
「ゴールドラッシュ」=個人で採掘できる金鉱脈は最初の大発見から2~3年で掘り尽くされ、噂が広まった時点でアメリカンドリームの実現は既に厳しかった。しかし例え雇われ鉱夫でも危険手当で賃金が高く、継続的に多くの人を呼び寄せていたという。ただ西部は総じて物価も高めで、人々の生活は思い描くほどは豊かにならなかった。
「強盗団」=19世紀のアメリカは南北戦争に揺れた時代で、50万人ともいわれる戦死者を出した内戦の戦場経験から普通の生活に戻ることができずに西部に流れアウトローとなった者も少なくなかったという。また逆に保安官も兵隊くずれが就くことが多かったようだ。
世界の「ふんじゃった」
子供がピアノやオルガンで遊ぶときに必ずと言っていいほど弾く「猫ふんじゃった」。運指が簡単なため鍵盤楽器への入門曲として実は世界中で親しまれている。
「黒猫のダンス」「犬のポルカ」「アヒルの子達」「カツレツ」「サーカスソング」「カーリー・ヨンソン」…等々各国各地で猫だけでない様々な題名で呼ばれ、そのまま鍵盤曲であったり歌詞が付けられていたりする。
世界に広まっているこの曲の大元はドイツの「ノミのワルツ」だとされているが、実は作曲者や曲の起源は全く不明で、なぜ3/4拍子じゃないのにワルツと呼ぶのかすら誰も知らないという。日本では1950年代から「猫ふんじゃった」のタイトルでレコードが出ていたが、66年にNHK「みんなのうた」で放送したことが全国的に広まるきっかけだったようだ。
ただ、「猫ふんじゃった」という題名や、改めて歌詞を知ると意外に残酷な内容なことには猫愛好家からの風当りもあるらしく、「踏まれた猫の逆襲」などというアンサーソング的ピアノ曲まで作られている。願わくば毒を毒として楽しめる心で受け流し、絵本「ちびくろさんぼ」が焚書寸前になったような悲劇の轍を踏まないことを望みたい。
犬が取り持つ「冷戦の米ソ」
人類が史上初めて宇宙飛行を成し遂げたのは1961年、旧ソ連のガガーリン飛行士によってだった。しかしその成功は、「宇宙飛行犬」の貢献あってこそのものでもあった。
ガガーリンに先立つこと約4年、ソ連は世界初の人工衛星「スプートニク1号」を打ち上げ欧米諸国は驚きと警戒感をもって受け止めた。そのショック冷めやらぬ数か月後には早くも「ライカ」という名の犬が2号に搭乗し、世界初の宇宙飛行犬となっている。
残念ながら彼女(ソ連の宇宙犬は皆メスだった)はロケットのトラブルにより命を落としたが、5号に搭乗した「ストレルカ」が地球を18回も周回した末に生還を果たし、これ以後は何匹もの犬が宇宙体験を成功させた。
ウィーンで開催されたある晩餐会で当時の米大統領夫人ジャクリーン・ケネディがソ連書記長フルシチョフと隣り合わせとなり、冷戦さなかの国相手の話題に困った夫人が宇宙犬の近況を聞いたところ、宇宙開発で先行したフルシチョフの優越感ゆえか、ストレルカの子供をホワイトハウスに寄贈するという異例中の異例な話へと発展した。
その子犬「プシンカ」は大統領のファーストドッグとしてケネディ家の先住犬らと仲良く暮らし、産んだ子供にはアメリカ中から譲り受けのお願いが寄せられるほどだったそうだ。
ご長寿な標識
最近は踏切の標識で蒸気機関車を使う例は消え、ほぼ電車に置き換わっている。その一方でなぜか昔のままの道路標識が今も生きている。
【乗用車】 この普通乗用車を示す見慣れたマーク。よく見ると相当古い型だ。腰高な姿形、丸目2灯に縦長のフロントグリル、フロントガラスの中央には縦桟がある。全体的には1940~50年代の特徴を備える。
ただ、調べてみてもまんま元ネタと言えるような車は意外に見つからない。あえて実車と被らないようにデザインしたかも?
【大八車】 具体的には軽車両を意味し、東京は天下の銀座でも見られる。銀座では屋台の排除のために軽車両の標識を利用しているのだが、最近はリアカー式の自転車を使う宅配業者などが一帯を走り回っているのを見る。写真の標識に従うなら夜六時までには配達を終えないといけないようだ。